ととのいは、どこで起きているのか

サウナに通い始めた頃、
「ととのう」という言葉が、
正直よく分かりませんでした。

ふろがみです。
水風呂に入った瞬間なのか、
外気浴で目を閉じたときなのか。

何度も入るうちに、
ひとつ、はっきりしてきたことがあります。

ととのいは、特定の場所で起きているわけじゃない。

「ととのう瞬間」を探すほど、遠ざかる

ととのいを意識し始めると、
人はつい、こう考えます。

「今かな?」
「まだかな?」
「今日は来ないな」

でもその瞬間、
意識は体から少し離れてしまう。

ととのいは、
探した瞬間に、少し遠ざかる感覚があります。

ととのいは、流れの中で起きている

これまでの記事で触れてきたように、
サウナ体験には、流れがあります。

ととのいにつながる流れ

  • サウナで、深く温まる
  • 湿度によって、熱が体になじむ
  • 水風呂で、なだらかに切り替える
  • 外気浴で、何もしない時間をつくる

この流れが、
無理なくつながったとき
結果として「ととのった」と感じる。

体が先、頭はあと

ととのいは、
頭で起こすものではありません。

体が先に落ち着き、
呼吸が深くなり、
緊張がほどける。

そのあとで、
頭が静かになる。

だから、ととのいは
体の変化の“あと”にやってくる

場所ではなく、「状態」がつくるもの

外気浴の椅子に座っているとき、
ととのう人もいれば、
まだザワザワしている人もいる。

同じ場所でも、
感じ方は違います。

それは、ととのいが
場所依存ではないから。

・体がどう温まったか
・どんな湿度だったか
・水風呂が合っていたか

その積み重ねが、
今の状態をつくっています。

ととのいは、「何も起きていない」感覚

ととのったとき、
派手な感覚があるわけじゃない。

むしろ、

何も起きていない感じ

それに近い。

考えごともなく、
感情の波もなく、
ただ、ここにいる。

それを「物足りない」と感じるか、
「満ちている」と感じるか。

そこに、
ととのいの正体がある気がします。

毎回、ととのわなくてもいい

サウナに入るたび、
必ずととのう必要はありません。

今日は汗をかいただけ。
今日は少し考えごとが残った。

それでもいい。

ととのいは、
狙うものではなく、起きるもの

準備が整ったときに、
勝手に、訪れます。

ととのいは、あなたの中で起きている

サウナ、水風呂、外気浴。
それらは、きっかけにすぎません。

最終的に起きているのは、
あなた自身の変化。

だから、ととのいは、
どこかにあるものじゃない

あなたの中で、
静かに起きている。

それに気づけた日、
サウナは、少しだけ
違う場所になるはずです。

※トトノイバショでは、「ととのい」を目的にしすぎない
サウナとの付き合い方も、大切にしています。

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Author

お風呂とサウナで心を整える39歳
銭湯とサ活の日々を「ふろがみ」として発信中。
ロウリュに愛されたい。

サウナスパ健康アドバイザー/熱波師検定B

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