前は、サウナに入ると
どこかで覚えておこうとしていた。
温度。
時間。
混み具合。
水風呂の体感。
あとで書けるように、
頭のどこかに置いていた。
今は、覚えていない日が増えた。
何度だったかも、
何分入ったかも、
思い出せない。
でも、それで困らない。
記録しなくなったからといって、
雑になったわけじゃない。
むしろ逆で、
その場にちゃんといる時間が増えた。
覚えようとしない分、
感じることに集中している。
前は、
「書ける体験」を探していた気がする。
強い熱さ。
印象的な出来事。
誰かに話したくなる瞬間。
今は、探していない。
何も起きなくても、そのまま帰る。
記録に残らない日は、
どこにも残らないようでいて、
体のどこかには残っている。
うまく説明できないけれど、
確かに軽くなっている。
サウナを記録しなくなったのは、
冷めたからじゃない。
もう、証明しなくてよくなったからだと思う。
誰かに見せなくてもいい。
あとで振り返らなくてもいい。
その日の一回が、
その日の中で完結している。
たまに写真を撮る日もある。
たまに書きたくなる日もある。
でも、どちらも義務ではない。
記録しない日があるから、
書く日が生きる。
たぶん、それくらいの距離が
今はちょうどいい。


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