少し前まで、サウナの話はこうだった。
「どこのサウナ行った?」
「銭湯?サウナ専門?温浴施設?」
施設ジャンルが先に来ていた。
でも最近は、
この順番が少し変わってきている気がする。
今日は「どこに行くか」より「どう使うか」
最近サウナを選ぶとき、
無意識にこう考えている。
・今日は軽く入りたい
・今日は1セットでいい
・今日は考え事しながら入りたい
・今日はだらだらしたい
先にあるのは、
用途。
施設ジャンルは、そのあとだ。
寄り道したい日もある
帰り道にふらっと。
長居はしない。
深追いもしない。
汗をかいて、流して、出る。
ここで重要なのは、
銭湯かどうかではない。
寄り道できるかどうかである。
サウナを主役にしたい日もある
今日はサウナがメイン。
風呂はなくてもいい。
ととのいスペースがあればいい。
ここでも、
「サウナ専門店だから行く」
ではなく、
サウナをしっかり浴びたいから行く。
だらだらしたい日もある
風呂も入りたい。
サウナも入りたい。
途中で休みたい。
だから、そういう施設を選ぶ。
つまりこういうこと
施設ジャンル → 選択理由
ではなく、
用途 → 施設ジャンル
に順番が変わった。
ジャンルは「タグ」になった
昔:
ジャンル=目的
今:
ジャンル=特徴
銭湯というタグ
サウナ専門というタグ
温浴施設というタグ
その日の自分に合うタグを、
あとから選んでいる。
サウナが文化になると、こうなる
文化になると、
正解がなくなる。
ルートがなくなる。
型がなくなる。
代わりに、
自分の使い方が生まれる。
同じ人でも、日によって使い分ける
昨日は銭湯。
今日はサウナ専門。
週末は温浴施設。
矛盾しない。
全部、サウナのある生活。
サウナは「場所」から「行為」になった
どこに行くか、ではなく。
サウナに入る、という行為が先にある。
場所は後から決まる。
これは大きな変化だと思う。
施設側も、もう混ざり始めている
銭湯にオートロウリュ。
温浴施設に本格サウナ。
サウナ専門店にカフェ。
ワークスペースのあるサウナ。
ジャンル同士が溶けてきている。
境界が曖昧になったのは、悪いことではない
むしろ自然だ。
使う側が先に自由になった。
だから施設側も自由になる。
サウナは、選ぶものから「組み込まれるもの」へ
今日は行くか、ではなく。
帰り道にあるから寄る。
時間が空いたから入る。
生活の途中に差し込まれていく。
サウナはもう、
銭湯でも、専門店でも、温浴施設でもない。
先にあるのは「入りたい」という感覚だけだ。
この感覚が共有されている限り、
サウナは静かに広がり続ける。


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