サウナに行かない日が、普通になった

気づいたら、今日はサウナに行っていなかった。
でも、それを「行けなかった」とは思わなかった。

昔だったら、少しだけ引っかかっていたと思う。
今日は入れなかったな、とか。
タイミング逃したな、とか。

今は、その感覚がない。

前は、サウナに行くかどうかを
一日のどこかで気にしていた。

仕事が長引いた日。
飲み会が入った日。
雨が降っている日。

「今日はどうしようか」と考える時間が、
当たり前にあった。

それが今は、ない。

行かない日が増えた、というよりも、
行かない日を数えなくなった。

ここが一番大きい変化だと思う。

サウナに行かない日でも、
別に調子が悪いわけじゃない。

仕事もする。
ご飯も食べる。
ちゃんと眠る。

一日が、普通に終わる。

それが少し不思議で、
少し安心でもある。

以前は、
サウナに入ることで一日をリセットしていた。

今は、
一日をリセットしなくても、
そのまま次の日に行ける。

サウナが不要になったわけじゃない。
ただ、必須じゃなくなった

たぶん、サウナが生活の外にあった頃は、
「行く」「入る」「ととのう」という
イベントだった。

今は、
あってもいいし、なくてもいいものになった。

歯を磨くほど日常でもないし、
旅行ほど特別でもない。

その中間。

サウナに行かない日が普通になったからといって、
嫌いになったわけでもない。

むしろ逆で、
入る一回がちゃんと気持ちいい。

久しぶりに汗をかいた日。
何も考えずに座った日。
誘われて、なんとなく入った日。

「今日はいいな」と思える。

行かない日があるから、
行く日が生きる。

たぶん、それだけの話だ。

今は、
サウナに行かない自分を
わざわざ肯定もしない。

否定もしない。

ただ、そうなっている。

サウナに行かない日が普通になったのは、
距離ができたからじゃない。

ちゃんと、
生活に馴染んだからだと思う。

次も、
また同じようなことを書くかもしれない。

でも、それでいい気がしている。

  • URLをコピーしました!

Author

お風呂とサウナで心を整える39歳
銭湯とサ活の日々を「ふろがみ」として発信中。
ロウリュに愛されたい。

サウナスパ健康アドバイザー/熱波師検定B

コメント

コメントする

目次